講士館時計

KOHSHIKAN DIARY

型についての考察③

2026年8月22日

明治から昭和にかけての拳豪に本部朝基(もとぶちょうき)という沖縄空手最強の達人がいた。この人は内歩進(ナイファンチ)という型の大家でもあり、“内歩進の虎”という異名までついている。この型は簡単なようでかなり奥が深い。本部朝基はこの型の角度を変えるだけであらゆる実戦に対応出来ると言い、実際に当時の実力ある格闘家数人を倒したという。空手は元々命のやり取りを前提とした武術なのだから、目を突くとか急所を潰すとかは最も有効な技である。それが型に組み込まれたのは当然だろう。そしてそれに則した鍛錬が為される。古代の空手家は肘から先、膝から先の先端に向かっての鍛え方が今とは全く異なる。当時の「実戦」とは、素早く致命的な攻撃を敵に与える事なのだ。ナイファンチという型は確かに派手さは無いが、出来る限り小さい動きで確実な牽制と攻撃性を秘めている。今回の夏季合宿で講士館の小宮副代表がこの型を指導した。フルコンタクト空手系では無い型だ。ゆえに最初に書いた「伝承」という言葉には当てはまらないものではある。それでもこの型を稽古するうちに、確かにいにしえの達人が「実戦性」を唱えて繰り返した理由を僅かではあるが理解出来た気はする。◆私は佐藤塾時代、大会で何度か佐藤勝昭師範と一緒に「征遠鎖」を演武した。一糸乱れぬよう呼吸を合わせた。今でもこの型を行う時、すぐ横に佐藤師範の影を感じる事がある。ナイファンチを常に稽古し、受け継いで来られた空手家の方は、同じように伝説の本部朝基先生と百年の時を超えて呼吸を合わせているのではないだろうか。

型についての考察②

2026年8月14日

フルコンタクト空手が「型」と乖離していったのは、試合のルールが主流となってからだろう。複数の敵に囲まれた場合とか、袋小路に追い込まれた場合とかを想定して作られた「型」は、直接打撃制のルールに基づく大会中心となったフルコンタクト空手とは距離が出来てしまったのは確かだ。それでも空手の起源は型にあり、そこに体の動かし方の極意があるのだから素通りするのは好ましくない。基本技量を測る目安にするのは大切なことだろう。ただ私見ではあるが、採点競技として行うことには疑問を感じる。普及のためには効果があるのだろうが、加点を意識した要素を取り入れ出すと、意味が大きく変わってゆくからだ。◆型演武に袴を履くのは、その足の動きを見抜かれないようにするためだと沖縄の仲本喜一先生から教わったことがある。仲本先生は剛柔流の始祖、宮城長順の直系で、あらゆる古武術を操る達人だ。ポイント&KOの全日本大会でもいくつかの古武術を演武されていた。特に刃のついた鎌の演武は迫力があった。控室での予行では危うく首に鎌が刺さりそうになってこちらも肝を冷やしたものである。先生はどの演武でも常に袴を履いていた。おそらく先生も、若き日に指導を受けた師の伝統を引き継いでいるのだろう。私が選手引退後に演武を行うようになった時も、この仲本先生に袴の意味と履き方を御指導いただいた。先生は90歳を超えた今でも沖縄で、海外から来る生徒たちにもその型を指導されている。

型についての考察①

2026年8月7日

今から48年前、18歳だった私は極真会館の池袋本部道場で三瓶啓ニ先輩の昇段審査に立ち会った。私自身の茶帯の昇級審査の後だ。三瓶先輩は当時2段。後に全日本選手権を3連覇する直前で、3段に挑戦していた。そこで型の審査の際、課題の『征遠鎖』が終わると、審査員席にいた大山倍達館長(当時の呼称)が怒鳴った。 「最初の挙動で腕を下ろす時、肘がついてないじゃないか!そこは肘と肘をしっかりくっつけるんだよ!まるでダメだ!」 その前の逆立ち歩行では、うまく行かずにたびたび倒れていた三瓶先輩に対し、 「どうした?重過ぎて体重支えられないのか?え、三瓶先輩?」などと笑いながら話しかけていた大山館長が、型の一挙動に関しては激しく怒ったのである。私はその光景が強烈に頭に残った。以来、極真本部道場で『征遠鎖』の稽古をする時も、その後「佐藤塾」に移籍して初代世界チャンピオンの佐藤勝昭師範にあらためて『征遠鎖』の指導を受ける時も、またさらにその後「講士館」を立ち上げて自ら指導する際も、この挙動に移るたび、あの大山館長の声を思い出すのである。これこそが伝承であると感じる。稽古という文字は、古(いにしえ)を稽(かんがえる)と書く。まさしく教わるということはその指導者のさらに指導者、ずっと先代まで繋がる道を繰り返しているということを実感するものなのだ。今では様々な媒体から手軽に型の動画を見て習得することは出来る。でも武道という日本の伝統を継承する観点から観ると、師匠から手をとり足を取り、思いをこめて教えてもらった「型」の、そのこだわり、息遣いや気合いも含めて習得し伝えていくことに、師弟の絆とも言える、ひとつの意義があるのではないかと思うのである。

合宿のメシ

2026年7月31日

「ご飯は残さず食べること」合宿で子供たちにそう指導してきたのは昔の話である。今では無理なら残せと言っている。体調を崩す子が出るからだ。講士館の夏季合宿の食事は栄養のバランスが取れていてとても美味しいものだが、子供たちの中には、白米だけを食べておかずに手をつけない子もいる。お母さんと味付けが違うだけで拒む子もいるようだ。毎食見ていると、それぞれ好みに違いが分かる。しかし食事毎に変化が現れ、次第に食べる量と品目が多くなってくる。初日の夜、ご飯を一口しか食べられなかった子も、おかずを丸々残した子も、2日目、3日目といろいろ変化する食事内容もあってか運動量の多さもあってか食欲は増してくる。そして最終日にはほぼ全員が全部きれいに平らげてくれるのである。「良く食べたな」と褒めると嬉しそうに微笑む。空手の稽古成果とは別に、これも大変嬉しい瞬間なのである。もちろん最初から三杯以上おかわりする豪傑もいる。この子たちに共通していることは食事中の落ち着き方だ。好きなおかずの時だけ一気にかき込む子とは違い、常に悠然と箸を動かし、しっかりと咀嚼して食べる。一杯終わると慌てることなく席を立ち、おかわり飯を山盛りにして戻る。余った卵やおかずも追加して食べる。他の子が食べ終わっておしゃべりしていてもペースは崩さない。姿勢も良く、動じない。高僧がお経を詠むような雰囲気でひたすら食い続ける姿は神々しくさえ見える。こういう子は代々その地位を受け継ぐようだ。今は「春馬時代」である。よくわからない人には申し訳ない話でした。

メッシ

2026年7月21日

サッカーのワールドカップが終了した。素晴らしい内容であった。凄い選手も多数いたが、私は空手家としての目線で観ていた選手が1人いる。メッシである。言わずと知れた当代随一の選手だ。特に際立っていたのが「呼吸の外し方」と「間合いの取り方」である。「呼吸」というのはリズムのさらに細やかな「間」とでも言おうか。誰でも使うフェイントとは違うレベルのものである。フェイントであれば一流のディフェンダーならタイミングを合わせてかからない。体重のかかり方で次のステップも読まれるだろう。だが「呼吸」は読めない。「阿吽の呼吸」という言葉があるが、呼吸が合うと一瞬で噛み合う。それを意識的に外してディフェンスを置き去りにすることがメッシには出来るのである。それも瞬時に、物凄いスピードの中で繰り返し行う。彼の頭脳の中では、目に見える何倍もの速さでこの判断がなされている。これは驚異である。さらに「間合いの取り方」相手との距離を、少しの動きで微妙にズレる位置に置くのである。この距離感が秀逸なため、相手は動き出す瞬間に自分の失敗を悟るだろう。さらにボールの触り方が異次元に柔らかい。私はここまで上げた要素を踏まえ、今まで見た中で最高の選手はマラドーナだと思っていたが、今回の大会を観て、継続力も加味した上でその地位をメッシに渡したいと思う。上には上がある。将来、それを土台にして、さらに凄い選手が現れることだろう。それはどのスポーツでも格闘技でも同じである。

カーボベルデ

2026年7月7日

カーボベルデという国は見たことも聞いたこともなかった。今回のワールドカップで出場枠が増えた事でなんとか滑り込んだ国だと思っていた。ところがスペインをはじめ格上ばかりのグリープリーグを無敗で勝ち上がり、決勝トーナメントでは優勝候補のアルゼンチンをあと一歩のところまで追い詰める健闘を見せた。正々堂々とした試合内容も素晴らしかった。私はサッカーにそれほど詳しいわけではないが、勝負である限り勝ち方負け方というものはある。日本の試合も含め、どの試合も手に汗握る熱戦ばかりであったが、引き際が残念なチームも見られた。南米にはマリーシアという反則スレスレの行為を戦法だとするチームもある。悪い意味で試合慣れ、試合擦れしているのは決して褒められたものではない。見苦しい場面も多々あった。そんな中、カーボベルデの選手たちは見事だったと思う。守備だけではなくハイレベルなシュートもあったし、パス回しも良かった。なによりキーパーを中心としたチームのまとまりが素晴らしかった。健闘虚しく敗れた時、グラウンドに倒れ込む選手たちをキーパーのボジーニャ選手は一人一人起き上がらせ、「誇りを持て」とばかりに最後まで仲間を鼓舞していた。負け方なんて誰も最初から用意してなんかないけど、そこにこそその人の本質や生き方が現れるのだ。こういう姿には涙が出る。 立派だった。

翼が開く時

2026年6月26日

稽古中、小3になったばかりのS君の肩が外れた。人一倍稽古熱心な彼は一週間で9クラスに参加している。脱臼したその日も二つ目のクラスが終わったところで泣きながら「次のクラスは見学します」と言ってきた。見ると腕が小刻みに震えている。すぐに医者に行くように進言して次の稽古は見送らせた。診断はやはり脱臼。しばらくは肩を動かさないようにと言っても気がつくと普通に稽古をしてしまう。止めるのが大変なのである。脱臼の原因も、骨格が自分の繰り出すパンチの威力に追いついてないというものだった。軽自動車にロケットエンジンを積んでいるようなもので車体はたまったものではないが、小さな体に凄まじい闘魂、大きくなるまで持ち続けて欲しい。 生徒の性格は様々だが、身体の特性以上に性格的なものが方向を決めてしまうから指導も一辺倒ではダメなのである。最初から負けず嫌いな子もいれば、その気がないまま親の意向で入門してくる子もいる。S君とは逆に、牛のような体に小鳥のようなハートの子もいる。それでも何かのきっかけで人は生まれ変わることがある。急に目覚める子もいる。私もいろんな子の変化を見てきた。それが一番の楽しみでもある。あー、この子は変わり始めたな、と感じる瞬間ほどワクワクするものはない。目を開けていても見てない子、何を言っても聞いてない子、向きが変わると方向がわからなくなる子、おとなしいのに時々キレる子、優しすぎる子…。それでもいつか自信がついて、自ら殻を破った時、その翼の大きさや美しさに驚くことになるかもしれないのだ。 待ちましょう。

PC詐欺

2026年6月15日

パソコンで調べものをしていると、『次に』と赤い囲みの文字が出てきた。クリックするといきなり警報音が鳴り響き、「このパソコンは取り込まれました」と女性の声が繰り返し流れてきた。やばい、と思っていると画面上にWindowsのマークと共に電話番号が表示され、すぐにお電話をと書かれた文字が点滅する。賢い人ならすぐに気づくだろう。あー詐欺か、と。ところが焦った男はすぐに電話をかけた。するとアラブ系と思われる男が電話に出る「どしました?」いかにも怪しい。それでも男は気づかない。「パソコンが乗っ取られました」するとアラブ人、たどたどしい日本語で「左上のボタン押すよろし」と言った。もうめちゃくちゃ怪しい。流石に男は異変に気付き電話を切った。するとすぐに折り返しの電話が鳴る。出る。アラブ人「どしました?ボタン押すね」男は言われるままボタンを押した。何も起きない。相変わらず警報音と女性の声のリフレインが続く。「変わらないぞ」と言うとアラブ人は「長押しするね」と言った。関係ないがこの時、こいつはヒゲが生えてるな、と男は思った。長押しはせず電話を切る。なんとなくまずい展開を悟った男は気を取り直しパソコンの契約会社に電話をかけた。出たのはちゃんとした日本の女性(らしき声)。ものすごく安心した。そこまでの経緯を説明すると、やや慌てた様子で「電話してしまったんですか?」と批判的な声色で聞いてくる。「はい、あの、アラブ人が…」狼狽えた男はどうでもいいことまで話す。よくある詐欺なのだろう、女性は慌てることなくPC上で元に戻す手順を説明してくれた。さらにパソコンの中に変なアプリが取り込まれてないことを確認してもらい、とりあえずは一件落着したのだった。 すでにお気づきかと思われるが、この単純な詐欺に危うく引っかかりかけたのは私です。あー、やばかった。皆さんも気をつけてください。 (注)別にアラブ人に対してわだかまりはありません。

ある宣教師の話

2026年5月31日

カナダからプロテスタントの宣教師として来日していたピーターは、ベッド代わりに棺桶で眠る。 寝る時にはいつも自分に言い聞かせる。この世が突然消えて無くなっても、そのまま心静かに天国へ行けますように、と。 敬虔なクリスチャンである彼は、若い頃実業家としても大成功を収めていた。常に冷静沈着。多少のことでは狼狽えない。それでも人を驚かすのが好きで、たまにカツラやお面を被り、お祈りしてる人の背後からそっと近づいて驚かしたりしていた。車で遠出をすると、制限速度をはるかに超えたスピードで飛ばす。同乗者が驚いて「神様に怒られちゃう!」と悲鳴をあげると、「心配いらない、神様いつも一緒ね、GO!って言ってくれてる」と笑ってさらにアクセルを踏み込んだ。 冷蔵庫には切断された手首や足首の模型を入れておき、開けた人を驚かせて喜んでいた。 教会では信者とともにお祈りを捧げ、讃美歌を歌い、暴飲暴食を慎むよう信者に指導もする。でも家に帰ると大好きなマックのハンバーガーにかぶりつく。卵もほっとけば1日に20個も食べてしまうほどの偏食家だったため、人工透析を受けるまで内臓を痛めてしまった。それでも奥さんに何度止められても毎日隠し持った大量のハンバーガーを食べていたらしい。聖書の教えに反する破茶滅茶で思いつきの行動が多かったが、捧げることも惜しまないおおらかな男であり、いつも信者たちの笑顔の輪の中にいた。 夜になり教会に戻ると、十字架を胸に抱き、聖職者として心清らかに棺桶に入って眠りにつく。「いつこの世の終わりが来ても、そのまま天国に行けますように」と…。 実在した宣教師の話である。司教の目にあまる行動が多過ぎたため牧師にはなれなかったらしい。 多分天国に行った。

母の日メモリー

2026年5月13日

先日、イタリア料理の店で食事をしていたら、隣に80代らしき女性と60くらいの男性の親子が向かい合って座った。母の日で食事に来たのだろうか、白髪の男性は母親が何を食べたいのかを気遣い、丁寧にいろいろ提案していた。お母さんは小さくて可愛らしい感じの方で、息子さんに勧められてピザを選んでいた。 別に注目してたわけではないが、気になって時折目が向いてしまう。息子さんは焼き上がったピザを切り分けたり、お母さんの様子を見ながら追加注文したり、世話をしながら楽しそうに会話していた。 こういう光景を見ていると、気持ちが暖かくなってくる。優しい息子なんだなーと思いつつ、やっぱり自分の母親の面影を重ねてしまう。 母が生きている時にこんなに優しくしてあげただろうか?2人でご飯食べに連れてってあげた事があっただろうか? 思い出すのはしてもらったことばかり。小さい頃、寝る時にいつも童話を読んでくれた母であり、私を膝に乗せたまま編み物をしていた母であり、母に寄りかかって寝てしまった私を布団まで運んでくれた母である。 なにをしてもすべて包み込んでくれた亡き母親に、今更ながら深い感謝の気持ちで胸が詰まった。 隣の親子を見ていると、母親はもちろん幸せそうだったのだが、母親を気遣う息子も、息子でいられる幸せを感じているようで微笑ましかった。 私の友人に、92歳になった母親と花の写真を毎日のようにラインに載せてくる男がいる。昔から人気者で、明るくて優しい男である。彼にとっては毎日が母の日なのだろう。大変な事もあるだろうが、親が生きていてくれる幸せをしっかり自覚しており、いつも母親を心配している。 ただこの男は糖尿病である。体重が百キロ以上あるため鋼鉄製のスポークで固めた自転車に乗っている。 時々転ぶ。 私はこの男の方が心配である。

ドメイン

2026年5月7日

今回ホームページを作り直すことで息子の雅樹にいろいろ手伝ってもらった。というよりやってもらった。 雅樹は建築関係の本業の傍ら、自分でアプリを作るなどパソコンには相当詳しい。それでも私がやらなければならない部分もあった。 ドメインを登録することである。 偉そうに「ドメイン」などと書いたが、この言葉、聞いたことはあるけど今まで私には意味不明の言葉であった。意識的に避けても来た。今更時代錯誤だと謗られるのを覚悟して言えば、こうしたパソコンに関するワードが苦手なのだ。ドメイン、アカウント、ブラウザ、サーバー…。脳が拒絶反応を起こす言葉の羅列である。「マウスをダブルクリックして」と言われ、ネズミを2回突くのか?と言って笑っていれば済んだ大昔でもあるまいし(そうやって誤魔化していたツケが回って来たんだろうが)いまだにダメである。 このドメインを作るのに苦戦した。まずパスワードがうまく入らない。覚えきれない。跳ね返される。 半角がどうのこうのって、将棋の名人に勝つほどの頭脳を持ったAIがそこで躓くなよ!とパソコンと喧嘩しながら、慣れた人なら数分で完了するところをI時間近くかかってしまいました。 やはり何事も基本が大事です。基本的なことを誤魔化して来たからこうなったわけですね。 こうして無理矢理空手に結びつけようとするのも恥ずかしい話ですが。

カラスの小次郎

2026年3月24日

 毎朝日の出の少し前に散歩をしています。若い頃は走っていたのですが、ひざを壊してからは歩くようになりました。そのおかげというか、周りの景色の素晴らしさにあらためて感動し、朝が待ち遠しくてなりません。府中に住んでいたころは多摩川がランニングコースでした。今は入間川沿いがテリトリーとなっています。いくつかの野球場があります。そこのベンチで休んでいると、毎日カラスがやってきます。去年の暮れに見つけたカラスなのですが、ラジコン飛行機が飛んでいるところにやってきて、一緒に飛んでいました。並んだり、宙返りしたり、まるで「俺の方がうまいぜ」と言わんばかりの飛び方です。私はこのカラスを『小次郎』と名づけました。燕返しを思わせるような宙返りは見事だったし、ラジコンに絡んでいく無鉄砲さで自分より強いものに挑み、いつか武蔵(大きなカラスか鷹)にやられてしまうんじゃないかな、と思ったからです。小次郎にパンを与えると、喜んで舞い降りてきます。でもえさを与えちゃいけないきまりがあるので堂々とはできません。隠れてこそこそやってます。小次郎はどうやら独り者みたいなのですが、そろそろ恋の季節を迎えて気合を入れていることでしょう。私は陰ながら応援したいと思っております。

 すみません。10年ぶりに講士館時計を動かしてみました。春ですね、新生活をスタートされる方も多いと思います。頑張っていきましょう。