講士館時計

KOHSHIKAN DIARY

翼が開く時

2026年6月26日

稽古中、小3になったばかりのS君の肩が外れた。人一倍稽古熱心な彼は一週間で9クラスに参加している。脱臼したその日も二つ目のクラスが終わったところで泣きながら「次のクラスは見学します」と言ってきた。見ると腕が小刻みに震えている。すぐに医者に行くように進言して次の稽古は見送らせた。診断はやはり脱臼。しばらくは肩を動かさないようにと言っても気がつくと普通に稽古をしてしまう。止めるのが大変なのである。脱臼の原因も、骨格が自分の繰り出すパンチの威力に追いついてないというものだった。軽自動車にロケットエンジンを積んでいるようなもので車体はたまったものではないが、小さな体に凄まじい闘魂、大きくなるまで持ち続けて欲しい。 生徒の性格は様々だが、身体の特性以上に性格的なものが方向を決めてしまうから指導も一辺倒ではダメなのである。最初から負けず嫌いな子もいれば、その気がないまま親の意向で入門してくる子もいる。S君とは逆に、牛のような体に小鳥のようなハートの子もいる。それでも何かのきっかけで人は生まれ変わることがある。急に目覚める子もいる。私もいろんな子の変化を見てきた。それが一番の楽しみでもある。あー、この子は変わり始めたな、と感じる瞬間ほどワクワクするものはない。目を開けていても見てない子、何を言っても聞いてない子、向きが変わると方向がわからなくなる子、おとなしいのに時々キレる子、優しすぎる子…。それでもいつか自信がついて、自ら殻を破った時、その翼の大きさや美しさに驚くことになるかもしれないのだ。 待ちましょう。

PC詐欺

2026年6月15日

パソコンで調べものをしていると、『次に』と赤い囲みの文字が出てきた。クリックするといきなり警報音が鳴り響き、「このパソコンは取り込まれました」と女性の声が繰り返し流れてきた。やばい、と思っていると画面上にWindowsのマークと共に電話番号が表示され、すぐにお電話をと書かれた文字が点滅する。賢い人ならすぐに気づくだろう。あー詐欺か、と。ところが焦った男はすぐに電話をかけた。するとアラブ系と思われる男が電話に出る「どしました?」いかにも怪しい。それでも男は気づかない。「パソコンが乗っ取られました」するとアラブ人、たどたどしい日本語で「左上のボタン押すよろし」と言った。もうめちゃくちゃ怪しい。流石に男は異変に気付き電話を切った。するとすぐに折り返しの電話が鳴る。出る。アラブ人「どしました?ボタン押すね」男は言われるままボタンを押した。何も起きない。相変わらず警報音と女性の声のリフレインが続く。「変わらないぞ」と言うとアラブ人は「長押しするね」と言った。関係ないがこの時、こいつはヒゲが生えてるな、と男は思った。長押しはせず電話を切る。なんとなくまずい展開を悟った男は気を取り直しパソコンの契約会社に電話をかけた。出たのはちゃんとした日本の女性(らしき声)。ものすごく安心した。そこまでの経緯を説明すると、やや慌てた様子で「電話してしまったんですか?」と批判的な声色で聞いてくる。「はい、あの、アラブ人が…」狼狽えた男はどうでもいいことまで話す。よくある詐欺なのだろう、女性は慌てることなくPC上で元に戻す手順を説明してくれた。さらにパソコンの中に変なアプリが取り込まれてないことを確認してもらい、とりあえずは一件落着したのだった。 すでにお気づきかと思われるが、この単純な詐欺に危うく引っかかりかけたのは私です。あー、やばかった。皆さんも気をつけてください。 (注)別にアラブ人に対してわだかまりはありません。

ある宣教師の話

2026年5月31日

カナダからプロテスタントの宣教師として来日していたピーターは、ベッド代わりに棺桶で眠る。 寝る時にはいつも自分に言い聞かせる。この世が突然消えて無くなっても、そのまま心静かに天国へ行けますように、と。 敬虔なクリスチャンである彼は、若い頃実業家としても大成功を収めていた。常に冷静沈着。多少のことでは狼狽えない。それでも人を驚かすのが好きで、たまにカツラやお面を被り、お祈りしてる人の背後からそっと近づいて驚かしたりしていた。車で遠出をすると、制限速度をはるかに超えたスピードで飛ばす。同乗者が驚いて「神様に怒られちゃう!」と悲鳴をあげると、「心配いらない、神様いつも一緒ね、GO!って言ってくれてる」と笑ってさらにアクセルを踏み込んだ。 冷蔵庫には切断された手首や足首の模型を入れておき、開けた人を驚かせて喜んでいた。 教会では信者とともにお祈りを捧げ、讃美歌を歌い、暴飲暴食を慎むよう信者に指導もする。でも家に帰ると大好きなマックのハンバーガーにかぶりつく。卵もほっとけば1日に20個も食べてしまうほどの偏食家だったため、人工透析を受けるまで内臓を痛めてしまった。それでも奥さんに何度止められても毎日隠し持った大量のハンバーガーを食べていたらしい。聖書の教えに反する破茶滅茶で思いつきの行動が多かったが、捧げることも惜しまないおおらかな男であり、いつも信者たちの笑顔の輪の中にいた。 夜になり教会に戻ると、十字架を胸に抱き、聖職者として心清らかに棺桶に入って眠りにつく。「いつこの世の終わりが来ても、そのまま天国に行けますように」と…。 実在した宣教師の話である。司教の目にあまる行動が多過ぎたため牧師にはなれなかったらしい。 多分天国に行った。

母の日メモリー

2026年5月13日

先日、イタリア料理の店で食事をしていたら、隣に80代らしき女性と60くらいの男性の親子が向かい合って座った。母の日で食事に来たのだろうか、白髪の男性は母親が何を食べたいのかを気遣い、丁寧にいろいろ提案していた。お母さんは小さくて可愛らしい感じの方で、息子さんに勧められてピザを選んでいた。 別に注目してたわけではないが、気になって時折目が向いてしまう。息子さんは焼き上がったピザを切り分けたり、お母さんの様子を見ながら追加注文したり、世話をしながら楽しそうに会話していた。 こういう光景を見ていると、気持ちが暖かくなってくる。優しい息子なんだなーと思いつつ、やっぱり自分の母親の面影を重ねてしまう。 母が生きている時にこんなに優しくしてあげただろうか?2人でご飯食べに連れてってあげた事があっただろうか? 思い出すのはしてもらったことばかり。小さい頃、寝る時にいつも童話を読んでくれた母であり、私を膝に乗せたまま編み物をしていた母であり、母に寄りかかって寝てしまった私を布団まで運んでくれた母である。 なにをしてもすべて包み込んでくれた亡き母親に、今更ながら深い感謝の気持ちで胸が詰まった。 隣の親子を見ていると、母親はもちろん幸せそうだったのだが、母親を気遣う息子も、息子でいられる幸せを感じているようで微笑ましかった。 私の友人に、92歳になった母親と花の写真を毎日のようにラインに載せてくる男がいる。昔から人気者で、明るくて優しい男である。彼にとっては毎日が母の日なのだろう。大変な事もあるだろうが、親が生きていてくれる幸せをしっかり自覚しており、いつも母親を心配している。 ただこの男は糖尿病である。体重が百キロ以上あるため鋼鉄製のスポークで固めた自転車に乗っている。 時々転ぶ。 私はこの男の方が心配である。

ドメイン

2026年5月7日

今回ホームページを作り直すことで息子の雅樹にいろいろ手伝ってもらった。というよりやってもらった。 雅樹は建築関係の本業の傍ら、自分でアプリを作るなどパソコンには相当詳しい。それでも私がやらなければならない部分もあった。 ドメインを登録することである。 偉そうに「ドメイン」などと書いたが、この言葉、聞いたことはあるけど今まで私には意味不明の言葉であった。意識的に避けても来た。今更時代錯誤だと謗られるのを覚悟して言えば、こうしたパソコンに関するワードが苦手なのだ。ドメイン、アカウント、ブラウザ、サーバー…。脳が拒絶反応を起こす言葉の羅列である。「マウスをダブルクリックして」と言われ、ネズミを2回突くのか?と言って笑っていれば済んだ大昔でもあるまいし(そうやって誤魔化していたツケが回って来たんだろうが)いまだにダメである。 このドメインを作るのに苦戦した。まずパスワードがうまく入らない。覚えきれない。跳ね返される。 半角がどうのこうのって、将棋の名人に勝つほどの頭脳を持ったAIがそこで躓くなよ!とパソコンと喧嘩しながら、慣れた人なら数分で完了するところをI時間近くかかってしまいました。 やはり何事も基本が大事です。基本的なことを誤魔化して来たからこうなったわけですね。 こうして無理矢理空手に結びつけようとするのも恥ずかしい話ですが。

カラスの小次郎

2026年3月24日

 毎朝日の出の少し前に散歩をしています。若い頃は走っていたのですが、ひざを壊してからは歩くようになりました。そのおかげというか、周りの景色の素晴らしさにあらためて感動し、朝が待ち遠しくてなりません。府中に住んでいたころは多摩川がランニングコースでした。今は入間川沿いがテリトリーとなっています。いくつかの野球場があります。そこのベンチで休んでいると、毎日カラスがやってきます。去年の暮れに見つけたカラスなのですが、ラジコン飛行機が飛んでいるところにやってきて、一緒に飛んでいました。並んだり、宙返りしたり、まるで「俺の方がうまいぜ」と言わんばかりの飛び方です。私はこのカラスを『小次郎』と名づけました。燕返しを思わせるような宙返りは見事だったし、ラジコンに絡んでいく無鉄砲さで自分より強いものに挑み、いつか武蔵(大きなカラスか鷹)にやられてしまうんじゃないかな、と思ったからです。小次郎にパンを与えると、喜んで舞い降りてきます。でもえさを与えちゃいけないきまりがあるので堂々とはできません。隠れてこそこそやってます。小次郎はどうやら独り者みたいなのですが、そろそろ恋の季節を迎えて気合を入れていることでしょう。私は陰ながら応援したいと思っております。

 すみません。10年ぶりに講士館時計を動かしてみました。春ですね、新生活をスタートされる方も多いと思います。頑張っていきましょう。